『天気の子』はいい歳したオタクのアンセムだった。
随分前ですが、『天気の子』、見てきました。
とても面白かったです。
個人的には10数年前のギャルゲーのノリを感じざるを得ませんでした。
いろんな表現はあると思うんですが、紛れもなくあの頃のセカイ系。
そういえば、ギャルゲーって言葉も聞かなくなったな……。
もう公開から随分経って、なんとなく内容を知ってしまった人も、前情報が何もない人もまだやってる映画館も多いのでとりあえず見に行って欲しいと思います。
2000年代初頭にオタクやってた人ならきっと刺さるはず。
以下、いろいろ思いが溢れてしまったのでネタバレ含む感想です。ちょっとだけ『君の名は。』のネタバレもあります。
細かいストーリー展開については触れません。オタクとしてこの作品をどう見たかっていうのを書き残しておきたいと思います。
コンプラがやばそうなシーンが続出。
冒頭から主人公の帆高くんは結構ぶっ飛んでましたね。島から船で家出。
割と大人しい性格っぽいのにめちゃくちゃ大胆。
拾った拳銃をお守り代わりといって持ち歩いちゃう。
警察から脱走する。
線路を走る。
このコンプライアンスだなんだとうるさい世の中でよくこの作品の脚本が通ったもんです。ドラマならカジュアルに拳銃が出てきたりするけど、アニメだとターゲットが若者よりになるので、こんなに露骨に犯罪を犯しているシーンは出しづらいと思ってました。
そういうとこもなんだかいにしえのギャルゲー感があるんですよね。ターゲットが大人だからやっちゃいけないのは分かってるでしょ、でもあの頃ってこういうことやってみたかったよね、っていうスタイル。
学研ムーが頻出。
作品に学研ムーが出てくるのもオタク的には注目。実際買ってる人は回りにいなかったけど色んな作品でムーについて語ってたシーンが結構あった記憶。
(ちょっと調べてみたらD.C.がそうでした)
晴れ女ビジネスのきな臭い雰囲気。
晴れ女ビジネスの辺りはもう始まった瞬間から迫り来る地獄しか想像できませんでした。
特別な能力を持ったヒロイン。
↓
よくわからないまま能力を乱用。
↓
能力の代償で酷い結末に。
王道も王道ですね。
お寺で晴れ女が人柱になる話を聞く前から辛い気持ちになってた人も多いでしょう。案外最近はそういう能力に代償を求める作品はあまりヒットしていないような。
幸せな生活とその崩壊の描き方が、想像していた通りに運んでくれて納得しかなかった。
ギャルゲーだったらたぶん凪センパイは居なかったんだろうな。ラブホのシーンで邪魔になるので。たぶんあそこで恋人としての某をするかしないかでシーン分岐があったはず。もちろんしたらバッドエンド直行です。
クライマックス、帆高が警察と対峙するシーン。
作中ではいろいろ上手く事が運んで、無事に陽菜を助けられるわけですが、いにしえのギャルゲーオタの僕の頭では、どっかで選択肢ミスると誰かが助けに来なくてバッドエンドかー、とかそういうのが渦巻いてました。オタクはめんどくさいですね。
勝手な想像ですが、映画は最終的に色んな選択肢をたどりながら、ハッピーエンドを選んだんだと思うんですよね。世界よりも陽菜を選んだ。ヒロインが幸せならそれでいい。そういうエンド。
トゥルーエンドもありそう。
きっとトゥルーエンドは、屋上まで上がっても陽菜は助けられず、帆高は警察に捕まり、たぶんあれだけのことをやったんで裁判やら何やらでしばらく出てこれない。
で、シャバに戻った頃にはみんなが夢に見た陽菜の姿が天気の子の像として祀られていて、それを見た帆高が涙を流してエンディング的な。
トゥルーエンドを見ないとハッピーエンドは見せてくれないタイプのやつ。
どっかで見たことあるなこういうゲーム。なんだっただろう。
結果的にラストシーンは良かった。
いろいろオタクのめんどくさいことを書いてきましたが、ラストシーン、君の大丈夫になりたい、というのはなんだかすごくしっくりきました。
これは結構広い世代に通じる感覚なんじゃないかな、と思います。
僕がいて、君がいて、それで大丈夫。
嬉しいとか幸せとかではなく、大丈夫。
あのラストシーンは本当に良かった。相当めんどくさい穿った見方をしていた僕でも、『大丈夫』が流れたところは鳥肌が立ちました。
この作品、僕みたいなアラサー世代のオタクにはめちゃくちゃ刺さるというか、懐かしさすらある作品だったけど、若い子達にはどう見えているのだろう、というのはちょっと気になりました。
興行的には大成功っぽいので、きっと若いオタクにも刺さってるんだろうなぁ。
やっぱ新海誠監督はすげぇな、幅広いオタクとさらに一般人が喜ぶ作品作ってるんだもの。
次回作もたぶん見に行くと思います。でも僕が一番好きなのは『秒速5センチメートル』なので、切なさの残るエンディングもまた見たいな、と思っています。